語学学習ブログ

主に語学学習について書きます。英語が中心になります。たまに雑記も書きます。

「大学ランキング」は受験生を不幸にする

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 「大学ランキング」ってあるじゃないですか。

 よく「西洋経済オンライン」」(仮名)がやっているやつ。

 東大がどうのこうのとか、早慶がどうのこうのとか、マーチの序列がどうのこうのとかいちいちランクづけしているアレです。

 よせばいいものの、最近では早慶やマーチの学部にまで序列をつけています。

 

 ま、どこの会社かはいいませんけどね!

 「西洋経済オンライン」ですよ!?

 だれもEastだなんて言ってませんから!

 

 出版社はどういう意図でやっているのかわかりませんが(数字取れるからだろ!)、ああいう大学のランキングってマジで受験生を不幸にすると思います。

 

 

 

 大学受験生というとだいたいハタチ前後の人たちです。

 ハタチ前後というと、自分や他人に対してかなり敏感になる時期です。

 

 そういう時期に「大学ランキング」なるものをネットなどで見つけ、自分はもう進学したい大学があるにも関わらず、「今は早慶の〇〇の学部が評判がいいんだ…」とか「マーチは今立教や明治のレベルが高いんだ…」みたいな考えを抱き、「じゃあ早慶を目指そう!」とか「マーチを目指そう!」と言って進路チェンジしたら、マジで人生詰むと思います。

 

 いや、レベルの高い大学を目指すことそれ自体は悪いことではないと思うんですよ。

 勉強に対するモチベーションを維持することができますし、高学歴だと一般的に大手や国家公務員などを狙えますから。

 レベルの高い大学を目指すことは良いことだと思います。

 本人が望むのなら。

 

 だから受験生が本心から早慶やマーチに進学したい!という気持ちがあるのなら、目指しても全然良いと思います。

 

 でも、受験生本人がそのような上昇志向を望んでいないにも関わらず、「西洋経済オンライン」の「大学受験ランキング」なるものに影響されて、本当は行く気のなかった難関の大学を目指すのって果たして彼らのためになるんですかね?

 

 いくら難関で知名度が高い大学であっても、受験生がたいして望んでいないまま進学したら、入学後にモチベーションを保つのが難しいと思います。

 私もかつて大学を中退し別の大学に再受験して入り直した経験があるのですが、自分が望んでいない大学ってマジで行く気失せるんですよ。

 本当にあらゆるものを拒絶したくなります。

 

 望んでいない大学に進学するということは、本当に不幸になります。

 しかももし、それが「大学のランキング」なるものを基準にして選んだとしたら、もう本当に後悔します。

 

  既に述べましたが、さらに厄介なことに今は大学の学部にまで序列をつけています。「西洋経済オンライン」は。

 こういうことをしだすと、今度は高学力層の受験生が「偏差値が高い」という理由で志望校を決め出します。

 その最たる例が医学部受験でしょう。

 

 よく受験生は「医者になって人を救いたい」とか「地域医療に貢献したい」と言って医学部を目指していますが、本心のところ「レベルが高いから」というのが多数ではないかと思います。

 だって「地域医療に貢献したい」と言いながら」地方では医者不足ですから。

 

 もちろん、本当に人の命を救いたいという気持ちから医学部を目指す受験生もいますが、現状は「世間的」にレベルが高く、周囲の大人が受けろというから医学部を目指しているのが実情だと思います。

 

 

 「レベルが高い」というだけの理由で大学を目指すことの何が問題かと言うと、それが自分のやりたいことと必ずしも一致していないことです。

 

 元外務省主任分析官の佐藤優氏は京都大学名誉教授の竹内洋氏との対談の中でこのように述べています。

佐藤 今の東大生は、官僚になる人が減ってきているという話があるんですが、その東大生のメンタリティーは、私がかつて東大駒場教養学部後期課程で教えていたことを思い出すと分かるんです。真面目で、常に上を目指すことが目的になるというメンタリティーです。それは自分がやりたいということよりも、とにかく上を目指すこと自体が目的になってしまっている。

 

例えば本郷の文学部哲学専修課程だったら割と進学しやすいです。文学部ドイツ語ドイツ文学専修課程も入りやすい。ところが、駒場教養学部教養学科だと内部進学点が高いから入りにくい。だからそこを目指すというようなことです。

 

結局、一部の東大生は、自分がやりたいことよりも、内部進学点が非常に高いところを、「そこが高い」からという理由だけで目指すんです。

 

 ええ。それから教養学科の中には地域文化研究分科ドイツ研究コースがある。これはやはり文Ⅲならば上位3分の1以上に入っていないと進学できない。裏返して言うと、今、あまり人気がない東大の文学部インド哲学仏教学専修課程が、もし内部進学の進学点が一番高くなれば、今度はこぞってみんな印哲に進学すると思いますよ。だからやはり中身ではなくて、そこが占めている「高み」が問題なんです。

開成から東大…俗物エリートだらけの背景:竹内洋×佐藤優対談 | 富裕層向け資産防衛メディア | 幻冬舎ゴールドオンライン

 

 

  要約すると

 東大生が駒場教養学部教養学科を目指すのはレベルが高いからであって、必ずしも自分のやりたいことではない。

 もし文学部インド哲学科のレベルが高くなったら、みんなそこを目指してしまう

 という感じです。

 

 

 

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 エリートがみんなインド哲学目指したらマジでやばいですよね…。

 もし東大のインド哲学のレベルが高くなり、高学力層がそこを目指したら、将来政治家や大企業の管理職、官僚、みんなインド哲学科出身になり、なかなか地獄な感じになります。

 

 そうなったら「西洋経済オンライン」は「大学ランキング」で「今は東大インド哲学科のレベルが高い!受験生は東大文科三類を目指しインド哲学を狙え!」とかいう記事でも作るのでしょうか。

 そして「大企業の管理職が多い出身大学」とかいう特集を組み、「東大インド哲学科が圧倒的多数!」とかいうコンテンツでも作るのでしょうか。

 考えてみると恐い…。

 

 もし日本のエリートがみな東大インド哲学科出身になったら、この国は色々やばいことになりますよ。

 オウムを超越する宗教国家になる危険性があります。

 

 

 というのは、極端な話だと思いますが、ただ「大学ランキング」なるものを鵜呑みにして「大学の学部の序列」を気にして、進路を決めたら、その決断に後悔し、不幸になることは間違いないです。

 

 そうならないためにも、自分に素直になり、自分が心底行きたいという思う大学を調べることが大事だと思います。

 

 マスコミが煽りまくる「大学ランキング」に違和感を感じて書きますた。

 

 以上です。