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学歴フィルターは大学ではなく、高校で判断するのってアリ?

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 就活において、学歴フィルターは大学名ではなく、高校名でふるいにかけたほうがいい、みたいな記事を以前読みました。

新卒採用では大学ではなく高校の偏差値を見るべき?地頭の良さ反映 - ライブドアニュース

 

 その理由を見てみると、高校の偏差値が高い人のほうが地頭が良く、要領が良い傾向にあるから、だそうです。

 大学は一般入試で入学する割合が低く(推薦やAO入試が多い)、偏差値の高い大学の割りに学力が低い人が多いことがよくあり、一方高校の場合は一般入試で入学する人の割合が高く、学力が担保されている傾向があるから、だそうな。

 

 結論から言うと、私は学歴フィルターを高校名で判断するのは反対です。

 以下その理由を書いていきます。

 

 

学歴フィルターを高校名で判断するのに反対である理由

努力しないで要領の良さで切り抜ける人間で溢れかえる社会になる

 もし企業が学歴フィルターを高校でかけるとすると、

 ・開成高校灘高校のような超絶進学校から「不勉強」でMARCHに進学

 ・非進学校から早慶に進学

 のようなケースがあった場合、前者、つまり開成灘からMARCHのような学生が有利になります。

 

 地頭の良さ、要領の良さで判断するならば前者の方が優れているのは間違いないです。

 そのような頭が良い学校の中でもさらに頭が良い学校に合格できるということは、純粋な努力だけでは難しいですから。

 さらに後者(非進学校早慶)が推薦で大学に進学していれば学力の差は歴然たるものになります。

 

 が、しかし、こんな例も出てくることがあります。

 開成灘→MARCH

 地方の公立進学校東京大学

 この2つの例において、もし学歴フィルターが高校名でかけられたら、地方公立→東大の学生ではなく、開成灘→MARCHの学生のほうが有利になってしまうことがあります。

 

 まあただ、この2つの例を比較しても地頭の良さ、要領の良さで判断するならば(たぶん)前者が優れているでしょう。

 しかし、地方の公立高校から東大に合格するような人は、小学校から高校まで一貫して勉強に対して手を抜かず、圧倒的な勉強量をこなしている場合がかなり多いです

 (一部最小限の努力で合格する人もいますが)

 

 一方開成灘からMARCHの学生はおそらく、中学受験高校受験こそ、めちゃくちゃ勉強したものの、高校3年の間はあんまり勉強をしていなかった可能性が高いです。

 

 ということは、継続して努力しているのは、地方の公立高校から東大合格の人ですよね

 

 それに住んでいる地域に進学校がないという理由で、就職進学半々の普通の高校(偏差値50ぐらいですかね)に進学する偏差値が70ぐらいの高校生だって世の中にいるわけです。で、その高校生が東大はじめとする地方旧帝に合格したら…。

 

 学歴フィルターを高校名でかけられたら、そのような優秀な高校生が圧倒的に不利になってしまいます。

 

 いくら企業が、地頭が良く、要領が良い学生がほしいからという理由で学歴フィルターを高校名でかけてしまうと、そのような(つまり地方の公立高校から東大)圧倒的な努力をすることができる学生を逃してしまうことがあります。

 

 というか、上記の就職進学半々の学校に進学した学生と地方の公立の進学校から東大に進学する学生の例から、学歴フィルターを高校でかけることによって、優秀な学生を取り逃がしていますよね。

  

 まあでも、企業が全体として地頭が良く、要領が良い学生を求める社会になってしまうと、社会全体として、そういう風潮を許容することになってしまいます。

 

 もし社会が地頭良し、要領良しの人間が正義みたいな風潮を許容するとどうなるでしょう。

 そうなってしまうと、

 

 

 努力するなんてバカ!

 大事なのは地頭の良さ、要領の良さっしょ!!!

 愚直に勉強するヤツとかマジでアホ!!!

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 みたいな人間で溢れかえることになってしまいます。

 確かに世の中は、一定数要領が良い人間が必要ではありますが、だからといって要領の良い人だらけになってしまうと、いろいろとエライことになってしまいます。

 

 まともに努力せず、持ち前の要領の良さだけでなんでも切り抜けようとする人間が跋扈したらどうなるでしょう。

 たぶん社会インフラが何かしらおかしくなるでしょうし、イノベーションも生まれなくなるでしょう。

 

 社会インフラというのは、誰かの圧倒的な努力によって維持されていますし、イノベーションというのはほどほどに何でもこなすだけでは生まれません。

 

 まあそういうわけで、地頭の良い学生が欲しいがために学歴フィルターを高校名でかけてしまうと、要領の良さだけでなんでも切り抜けようとするオシャンティー野郎が増えて社会が崩壊してしまうので私は反対の立場です。

 

 というか結局、地方の優秀な学生も取り逃がしているよね。

 

日本の学歴社会がオワコンになる

 あとは日本の学歴社会がオワコンになります。

 いや、当たり前すぎる事実なんですが、就活で大学名よりも高校名を評価する国がどこにあるんですか!?

 

 たぶん北朝鮮でもそんなことあり得ないですよ。

 大学よりも高校を評価するって。

 

 というか世界では大学院での学校の成績を評価しているのに、なぜ日本は高校名で評価するとかいう、世界に逆行するようなことをするんですか。

 

 今の大学名で学歴フィルターをかけることさえも、世界から見ればとてつもなく次元が低いことなのに、それで今度は高校名の方が大事だ!なんてことになったら、それこそNIHON NO OWARIですよ。

 

 世界の教育機関、ひいては企業からdisられまくり、取り残されてしまいますし、世界の優秀な人材は日本になんか来なくなるでしょう。

 

 考えれば当たり前のことなのですが、学歴フィルターを高校名でふるいにかけ始めると、世界からも相手にされなくなります。

 

学歴フィルターを高校でかけることよりも大事なこと

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 結構重要だとおもうのですが、学歴フィルターを高校名で判断するより、一般入試で大学に入学したのか、それとも推薦AOで大学で入学したのかで評価したほうが良いと私は思います。

 

 大学に一般入試で入学したのが、推薦AOで入学したかで判断すれば、

 ・継続的に努力することができるのか

 ・正しい方向で努力をし、成果を上げることができるのか

 がわかります。

 

 こう言うと、推薦やAOで入学した人から批判食らうと思うのですが、

 国公立の推薦やAO入試は学力の試験が課されているからともかく、

 私立の大学に関していえば学力試験が課されていない大学が多く、一般入試で入学したのか、推薦AOで入学したのかで学力の差は歴然たるものになります。

 

 特に難関の私立の大学になればその傾向は一層顕著なものになります。

 

 学力の差はもちろん、成果を上げるための計画性に関しても一般入試と推薦AOとではあまりにも差があります。

 

 とりわけ私立の大学に関しては、一般入試で入学したのか、推薦AOで合格したのかで基礎学力の土台や継続的に努力する力にかなり差が生じるので、学歴フィルターに関しては高校名よりも入試形態で判断するのがベターだと思います。

 

 ただ、それでも一般入試で合格する力を持っていながら推薦で合格したという学生もいると思うので、入試形態+企業で筆記試験を課す、というもアリだと思います。

 

まとめ

 学歴フィルターを高校名でふるいにかけるというのは、私は反対の立場です。

 そのようなことを許容すれば、地頭の良さでほどほどに何でもやろうとし、圧倒的な努力をする人間がいなくなってしまいます。

 

 確かに社会には一定数地頭の良い人は必要ですが、全体がそういう人間で溢れかえると、真面目に勉強するのがバカバカしくなりますし、社会がオシャンティーになってインフラが崩壊し、イノベーションが生まれなくなるでしょう。

 

 地頭の良さ、要領の良さをどうしても判断したいのなら、どのような入試形態で大学に入ったのか気にすればよいと思います。

 

 以上