文学部卒読書系ブロガーの本と思想のアウトプット録

当ブログは読書で得た知識のアウトプット系の内容となっております。読書のアウトプットが間に合わなければ雑記で食いつなぎます。

知識が邪魔になって行動できなくなる時がある。

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 知識はあったほうがいい。持っている知識は多ければ多いほどいい。

 この考えに疑問を持つ人はあまりいないでしょう。

 特に資本主義の社会においては、知識量の差がそのまま貧富の差につながってしまうことだってある。

 でも、知識にあまりにも頼りすぎると、それはそれで問題が生じるのです。

 

 

 

知識が邪魔で行動できない

ブログの例

 知識が邪魔をして行動できないわりと身近な例はブログです。

 まあ何も知識がない状態では何も書くことはできませんが、知識に頼りすぎると、ブログが書けなくなります

 

 ブログネタを調べるために色々調べる

 ↓

 SEOを気にする

 ↓

 記事の構成を考える

 ↓

 さらに自分の持っている知識がブログで書けないか再考する

 

 調べれば調べるほど時間がかかるし、調べていくうちに何を書くべきなのかよくわからなくなってしまう可能性だってあります。

 以前にブログネタを調べるほどにかえって書けなくなる、という記事を書きました。

www.whatithinkandfeel.net

 

 これは知識をアテにしてブログが書けなくなる典型的な例で、知識というものがいかに厄介な存在なのかがわかります。

 重要なので繰り返しますが、知識というのは確かに大事です。知識無しにブログを書くのは無理ですし、自分だけが知っていて相手が知らない知識であったなら、それはそれで価値が非常に高いです。

 が、知識に絶対的な価値があると信じ、それにすがっていては、かえって方向性が定まらない、わけがわからない状態になってしまいます。

 

日常生活の例

 というかブログも日常生活にカテゴライズされますよね…。

 ブログではなく、日常生活に焦点を当ててみると、知識というものの厄介さを感じずにはいられません。

 

 最初に一般論を言っておくと、日常生活においても知識量が多いほうが得をすることが多いです。得というよりも人生の選択肢の幅が広がると言った方がいいかもしれません。

 

 でも、すでに持っている知識によって先入観みたいなものが出てしまい、時に広い視野で物事を見れなくなるときがあります

 進学や就活がそういう知識が先入観に邪魔される例かもしれません。

 私たちは知識によってどこの大学が良いとか、どこの企業が良いなどの情報を知っています。で、その知識が正しいと信じ込む。

 そのせいで、自分が本当に行きたかった大学とか企業に進むことができなくなってしまい、人生が苦しくなる可能性が出てしまいます。

 まあ確かに大学や企業は名の知れているところを選んだ方が社会的にも得することが多々ありますが、それが必ずしも自分に合っていないということもあります。

 

知識ではなく本能を信じる

 私たちは知識を信用しすぎていると思います。

 知識が全てを解決してくれる、みたいな。

 でも、世の中は知識だけでは解決できない問題が多々あります。それを無理に持っている知識で解決しようとすると、かえって悪い方向へ行ってしまうことがあります。

 

 知識がいくらでも手に入る今の時代だからこそ、自分の本能を信じて行動することが重要です。あれこれ考えて行動するより、自分の本能を信じて行動したほうが人生良い方向へ行くことがあります。

 

 ブログはさすがに本能のみで書くのはムリゲーですが、せめて日常生活においては自分の本能を信じて行動する、というのが現代において大事です。