文学部卒読書系ブロガーの本と思想のアウトプット録

当ブログは読書で得た知識のアウトプット系の内容となっております。読書のアウトプットが間に合わなければ雑記で食いつなぎます。

【悲報】これからの時代、労働はオワコンになり、遊びが重要になります。

 なぜ21世紀にもなって私たちの生活の中心は仕事なのでしょうか?

 というかドラえもんの時代(22世紀)もリアル近づいているのに……

 マジでWhy Japanese peopleです。

 

 でも、これからは労働はオワコンになっていきます。

 スーツ、満員電車、社内ソンタク、過酷な出世レースはマゾな人だけがやる時代になります。

 

 

 

なぜ労働がオワコンになるのか?

 なぜ労働がオワコン化していくのかと言われれば、労働の機械化、ロボット化が進み、人間が労働しなくてもよくなるからです。

 身近な例で言いますと(仕事ではないですが…)、家庭では食洗器やルンパなどが労働を肩代わりしてくれています。

 労働においては下記のような例もあります。↓ 

prtimes.jp

 たこやきを焼き上げるのにもロボット(AI付き)が現に使われている、って最強じゃないですか?  

 

 他にも福岡県では無人スーパなんてものもありますし。↓

www.fnn.jp

 労働でも、人間がこれまでやっていたことがロボットなどに代替されていくんです。 今の段階で上記の例が起きているわけですから、数十年したら、労働時間が減りまくり、マジで労働がオワコン化していく「未来予想図」が見えてきますよね…?

労働時間が減る結果…

余暇の時間が増える

 労働の時間が減るということは当然と言えば当然ですが、余暇の時間が増えます

 今までは自分では考えなくても、会社という働く場所があったおかげで、週5日を過ごすことができました。

 でも、余暇が増えるということは、自分で色々と考えて過ごさなければいけないことになります。これが人によっては難しい。

 仕事中心に人生を送ってきた「モーレツ社員」はいきなりホッポリ出されることになります。余暇が増えたのにも関わらず何をしていいのかわからない。スマホをいじる、新聞を読む、テレビを見る、………マジでQOLが低すぎです。

 

 今までは勤労が美徳とされてきました。辛いことでも無理に頑張り、会社に出勤をする。転勤を受け入れ転勤をする。不承不承ながら社内政治にソンタクする。たった2日しかない休日、たった10日間程度しかない長期休暇の中で1年を過ごす。

 テクノロジーの発展により、人間が働かなくなり、労働がオワコン化すると、「勤労の美徳」という価値観が一気にぶち壊れます

 

 では余暇が増える社会において私たちは何をすべきなのでしょうか?

 

余暇の増加で私たちがすべきこと

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 余暇が増える中で私たちがするべきことは遊びです。

 遊びです。マジで遊びです。

 ふざけているわけではありません。マジです。

 

 だって、余暇の時間の中で遊び以外に何かすることあります?

 余暇が増えても働くんですか?

 それ、、、老害です。

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 辛口なことを言いますが、労働からイノベーションは生まれません

 朝起きたくもないのに、無理に早起きして満員電車に乗って会社に行き、やりたくもないことを8時間頑張ってこなす。こんなことしていたら社会からは何も生まれません。

 社会のイノベーション、文化の発展をもたらすのはいつだって遊びです。

 私たちはこの社会、文化を発展させるために遊ばなければいけません(別にそういう意識を持たなくてもいいですが…)。

 遊びというのは人間にしかできないとても高尚な行為です。

 

 私たちが学ぶ学問も遊びから発展しています。

 例えば確率だってもとのルーツはギャンブルですし、哲学だって古代ギリシャソクラテスとかいうヒマ人がああでもない、こうでもないと言いまくった結果生まれたものです。結果ソクラテスはああでもない、こうでもないと言いまくり処刑されましたが。

 

 言ったら、野球やサッカーやバスケやピアノやオペラだってもとは遊びじゃないですか。

 でもそれらは私たちの生活の中でしっかりと根付いている。遊びがなければ今頃野球もサッカーもピアノもなかったかもしれません。

 って考えると、遊びって文化を発展させるうえでとても重要な行為なんです。

 これからの時代、遊びを知らない人間は路頭に迷います。

 スキマスイッチの曲、『全力少年』の歌詞に「遊ぶこと忘れてたら老いて枯れる」という一節があるのですが、それがいよいよ現実となります。

 

ニートが最強の時代になる

 労働時間が減り、余暇が増える…このような社会で最強となるのはニートでしょう。

 ニートは働いていない分、自分自身でスケジュールを考えなくてはいけない生活を送っています。それに収入も不安定なので、金の使い方も工面する必要がある。

 全てを自分自身で考え、決断しているんですよね。

 

 労働に追われ、仕事中心の生活をしているビジネスパーソンは到底そのようなことをする余裕がありません。世間は働く人間を礼賛し、働いていないニート、引きこもりに軽蔑の眼差しを向けていますが、労働オワコン時代においては嫌いなことを頑張ってこなる社畜がdisられ、自分自身で決断を下すニートがリスペクトされることになるでしょう。

 

 かつてニートは「働いたら負け」という発言をしました。今の時代においてこの発言は真理です。本当に働かなくていい時代になるのですから。

 ニートは遊ぶことに長けています。遊び方を知っています。そのような人材は社会において重要な存在となります。

 今ニートで引け目を感じている人がもしかしたらいるかもしれませんが、そんなこと感じる必要ありません。

 余暇が増え、遊びが重要となる時代においては、ニートが最強になります。

 

懸念すべき点

 ただ私としては少し不安な点があります。

 日本人が果たして遊ぶことが重要だという価値観を受け入れられるかどうか、この点が不安なんですよね…。

 日本は高度経済成長とかいう「負の時代」がありました。そこでは会社に魂をささげることが当たり前、残業してナンボのモノ、家族との時間よりも働く時間が大事、みたいなクソみたいな価値観を老害が部下に植え付けていました。

 で、それが脈々と受け継がれ、今に至るわけです。なので「勤労の美徳」という価値観がDNAのレベルで私たちの中に残っているんですよね。

 そういう状態で遊ぶことの重要性を受け入れ、労働オワコン時代に備えられるかどうか。意識低い系の私としてはそこが心配です。

 

 余暇の時間が増える労働オワコン時代を受け入れるためには私たちの価値観(つまり社畜)を取っ払わなければいけません。

 

まとめ

 これからはテクノロジーの発展により、人間がやるべき労働が少なくなっていきます。労働時間が少なくなる結果、増えるのは余暇の時間です。

 仕事中心ライフでは自分で何も考えずとも、日々のスケジュールがありましたが、余暇の時間が増えると自分で色々考えなければいけません。

 そこで重要となるのが遊びです。余暇の時間にまで働くのは究極のマゾヒストですし、そもそも労働からはイノベーションが生まれません。

 文化を発展させるのはいつだって遊びです。

 先人たちが遊んだおけげで私たちは高度な文化を受容できているんです。

 遊ぶこと忘れてたら、マジで老いて枯れて老害になります。

 老後にウンタラとかほざいていたら、マジで大変なことになります。

 遊んで遊んで遊びまくりましょう。

 

 という意味でニートはこれから最強になります。ニートは日々の生活を自分で考えて決断しているのですから。

 

 労働オワコン社会に備え、まずは骨の髄に染みわたっている社畜の価値観をぶち壊しましょう。

 

 

 以上