意識低い系男子の頭の中

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外山滋比古著『思考の整理学』から学ぶ忘却することの重要性

 私たちは覚えたことを忘れることに強い抵抗を抱く傾向がある。

 

 「あれ、なんだっけ?」とか「うわー昨日覚えたのに忘れた!」みたいなことがあるともう自己嫌悪がハンパない。

 

 現に私だってそうだ。せっかく覚えた知識を忘れてしまうとか、「まじで勉強した意味なっ!」って思う人間である。

 

 そういう性格だから、テレビとかで高校生クイズなどでマニアックな知識を披露する高校生とかほんとすげーなと思っていた。

 

 そう、この『思考の整理学』を読むまでは

 

 『思考の整理学』。中日ドラゴンズに入団した根尾選手も読んでいるという本。いわずもがなベストセラーな本である。

 

 だが、意外にも私は最近まで読んだことはなかった。実際に読んでみると、本当に私たちの人生において重要なことが書かれてある。とてもタメになる本だ。

 

 

 で、特に私が印象に残ったのが忘却に関する内容である。

 

 冒頭に書いたことの繰り返しになるが、私たちは忘れるということに強い抵抗を抱く。

 

 しかし、覚えたことをいつまでも永久に忘れずにいたらどうなるだろうか

 

 何も知識だけではない。自分の身に起こった出来事など全て含めて。

 

 もし覚えた知識、自分の身に起きた出来事など全てのことが忘却されず頭の中にあり続けると、どれを整理することは非常に難しい。

 

 部屋にゴミがたまっている状況を想像してみればいい。いらない雑誌、古新聞、参考書、ゴミがたまったゴミ袋。これらが部屋の中に散乱していると精神衛生上よろしくない。

 

 覚えた知識、自分の身に降りかかった出来事を全て覚えておくとはそれと同じことである。

 

 特に自分の身に起こった出来事を全て忘れずにいることは本当につらい。嫌な出来事、不幸な出来事をそのまま覚えておくと精神が狂って発狂してしまう。

 

 たまに覚えたことを全て記憶する人がいるが、そういう人は嫌な出来事や不幸な出来事を忘れることができずにずっと抱え続けているのだ。

 

 そう考えると、「博覧強記」というのは必ずしも私たちの人生に良い影響を与えるとは限らない。

 

 それに現代はコンピュータがある。コンピュータは「博覧強記」だ。必要なことは全て覚えていることができる。別に忘却しなくても「彼ら」にとっては何のダメージもない。

 

 というか、忘れられると困る。

 

 

 そう、コンピュータという「万能の記憶」を持つ存在がいるので、実は人間が「博覧強記」でいたところで実は社会にとってはさして重要ではない。

 

 昔はコンピュータなどなかったので記憶力がある人間が尊敬されていたが、現代においては尊敬の対象にはならないのだ。

 

 私たちがどんなに「博覧強記」であったとしても、コンピュータに勝つことはできない。

 

 だとしたら、これから私たちはどうしていけば良いのか。

 

 記憶力が不要だとしたら……

 

 これからの時代に私たちに必要とされることは「創造力」である。

 

 ただ覚えた知識を披露するのではなく、その知識によってどのようなイノベーションが生まれるのかを考えることが重要になってくる

 

 知識それ自体はさほど重要にはならない。持っている知識を有機的に関連させ新たなイノベーションを生みだすことが重要なのだ。

 

 ではそのような創造性はどうしたら生まれるのか。

 

 これまで書いたことと矛盾するが、知識を覚えることは大事だ。

 

 重要なのはそれを適度に忘却させ、「無駄なウンチク」を省き、整理することである。

 

 部屋の中にある不必要なモノを捨て、必要なモノだけを残すのと同じような作業をする。

 

 そうして必要な知識だけを残して、それらを関連づけさせ、新たなモノを生みだす。

 

 で、結果として「創造性」を育むことができる。

 

 

 私たちに必要なのは知識をストックすることではなく、知識を生かすことなのだ。

 

 そのようなことを『思考の整理学」で学んだ。