日々の想いを思いのままに

ブログで書く内容は勉強をして身につけた知識や自分の日々思ったことです。基本的には雑記が中心となります。

東野圭吾の小説から学ぶ理想的な文章とは

  あっぶね~。更新途絶えるとこだった。

 

 あぶないあぶない。

 

 By the way、私は東野圭吾の小説が結構好きだ。んまあ最近はあまり読んでないのだけど。

 

 個人的に好きなのは『白夜行』や『パラドックス13』、『使命と魂のリミット』あたりかな。

 

 

 

 んで、東野圭吾の小説の特徴として

 

・ページ数がかなりある。だいたい500ページ前後ぐらい

・理系の専門的な用語などが結構でてくる

 

 という点がある。彼の小説を読んだ人ならその面白さがわかると思うが、読んだことのない人なら上記の特徴を見て、「難しそう」とか「とっつきにくそう」という印象を抱くと思う。

 

 ただでさえページ数が長いうえ、理系的な内容も含むなんてたまったものではない、と感じているだろう。

 

 現に『白夜行』では青酸カリをトイレに仕掛けて人を殺害しようとする描写があったり、『パラドックス13』もパラレルワールド的な内容(けっこうガチで理系チックな)が書かれたりしている。

 

 『使命と魂のリミット』も医療の話がでてくるのでまあ割りと専門性はあるかもしれない(すいません。実家にあるので確認あまりできてないです)。

 

 でも、驚くことに彼の小説をいったん読み始めるともうノンストップで読みたくなるという状態になる

 

 気付くとあっというまに5,600ページを読み終えてしまう。

 

 なぜなのか。

 

 理系の専門的な内容が含まれている上に、分量がめちゃくちゃあるのに。

 

 

 それはとにかくわかりやすい、ということに尽きる。

 

 わかりやすく話も面白いのですぐに読み進めてしまうのだ。

 

 たとえ専門的な理系の知識が書かれていたとしても、別に難しいという感じをあまり受けず(まあ難しいのだけど)、読むことができる。

 

 これってすごくないか。複雑な内容にも関わらず、誰にでもわかるように書く。

 

 私は思った。

 

 理想的な文章とは、難しい内容を誰にでも理解できるように書くことだと

 

 言ってみれば超絶わかりやすいということだ。

 

 このことはブログの文章に限らず、大学のレポートや論文全ての文章に共通すると言える。

 

 この難しい内容を誰にでも理解できるように書く文章能力があれば、社会で生きるうえでかなりのアドバンテージである。

 

 そもそも難しい内容を誰にでも理解できるように伝えることができるというのは本人がちゃんとその内容を理解していることの証左でもある

 

 じゃないと的確に伝えることができない。

 

 それゆえに文章をかみ砕いて他者に伝えることができるのは重要なスキルである。

 

 

 では逆に理想とは程遠いク〇みたいな文章とはどんなものか

 

 それは簡単な内容をやたら難しく伝える文章だと思う

 

 例えると1+1=2というのを複雑な概念を使って、とても難しく伝えるようなものだ。

 

 しかしこれもある意味では1つの才能だ。

 

 1+1=2を難解な哲学であるかのように教えるって普通の人ではできない。

 

 そういう人は似非哲学者に向いていると思う。

 

 どうぞソクラテスのごとく他者に無知の知を自覚させるがいい。

 

 どうでもいいが、私が以前勤めていた会社にも1+1=2、みたいな簡単なことをやたら難しく教える強者がいた。

 

 ただパソコンの簡単なコマンドを覚えてボタンをポチればすぐにできることなのに、こまごまとねちねちとどうでもいいプロセスを丁寧に説明してくれた。

 

 それで、「いや、これはマジでムズイwww頭こんがらがるから少しずつ覚えていったほうがいいwwww」みたいなことを言いだすもんだから、おかげで私は1+1=2のようなことを理解するのに一週間ぐらいかかった。

 

 んまあどうでもいい話か。

 

 世の中にはとても簡単なことをやたら難しく教える人がいるが、私たちが理想とすべきなのは、東野圭吾のように難しい内容でも誰にでも簡単に理解できる文章である。

 

 それができるようになればかなり未来は明るいと私は感じる。

 

 でも私の文章もフツーなことをやたら難しく書いてる疑惑があるかもしれない。

 

 『白夜行』に関してはドラマもあり(山田孝之綾瀬はるかが主演の)、そちらも見てみると面白いと思います。