日々の想いを思いのままに

ブログで書く内容は勉強をして身につけた知識や自分の日々思ったことです。基本的には雑記が中心となります。

大学受験は安全志向よりも上昇志向であるべき

 ニュースを見ていたら、「今は私大は定員厳格化(三大都市圏の私大)の影響で安定志向が強まっている」みたいな記事を見つけた。

 

 まあそれは全ての受験生に当てはまるわけではない、というのはあなたもわかると思う。

 

 妥協せず難関大を目指す人もいれば、自分の学力に合った大学を目指す人もいる。

 

 受験生はみんないろんな思いを抱えている。

 

 でも私は大学受験においては、受験生はたとえ無謀と言われても難関の大学を目指すべきだと思う。

 

 それが私立の大学であればなおさらだ。

 

 というか、まだ20年前後ぐらいしか生きていない受験生が「まぁ行けるところでいっか」とかもうオッサンか!もう話のつまらないオッサンとおんなじかよ!

 

 

妥協するクセをつけると人生妥協しまくる

 クセというのはいったんついてしまうと治すのがなかなか難しい。もしそのクセが人生において致命的なモノだったら?

 

 それが妥協することだ

 

 「もういいやこんなんで」「まあここまでが限界かな」「てか諦めずに物事を遂行したところでいったい何のメリットになるの?」

 

 こういう考えをしだすともう人生は急転直下だ。

 

 自分の望むことがあるのに「自分の力ではできない」「今の自分では無理」「「時間がない」「会社で仕事が忙しく無理」という理由でなんでも諦めてしまうのってなんだかすごいむなしくないか?

 

 やりたいことがあるのにいろいろと理由を並べて諦める、それって自分の人生の選択肢を狭めることも意味する

 

 受験の例で当てはめれば、偏差値が高い方が進学できる可能性の高い大学が増える。一方、勉強しないで偏差値40とかだと圧倒的に進学できる大学の幅が狭くなる。

 

 別にそれでもいいというならそれは受験生の勝手なんだが、妥協した大学に進学すると結局そういう感じの人たちに囲まれるキャンパスライフを送ることになる。

 

 それがどういう生活なのかは自分自身で経験するのが一番だと思う。

 

 で、いざシュウカツとかになると、今度は「まあ行ける企業で」という考えの下、「行ける企業」をうけることになる。

 

 もちろん偏差値40で「行ける企業」なのだから簡単に内定をもらえるだろう。でも簡単に「行ける企業」なんだからホワイトである可能性がほぼほぼない。

 

 となると、妥協思考の下そんな企業に勤めると今度は「社畜化」され、劣悪な環境で働くことが当然という思考を持ってしまう。

 

 そうなるとあなたの人生はクソ上司にこき使われ、それに従順な人生を送ることになり、あわれな生涯を送ることになるだろう。

 

 もし妥協しない習慣が身についていれば、運悪くブラックに引っかかっても最善策を考え転職なり部署を変えてもらうなり、自分の状況をよくしようとする行動を起こすだろう。

 

 

 妥協するということは無限ループで人生が転落し、果ては従順な社畜という日本の企業が大好きな人材となってしまう。

 

できないことができるようになるって、嬉しい

 んまあきれいごとに聞こえるかもしれないけど、そういうことだ。

 

 これは勉強に限ったことではない。野球だってピアノだってサッカーだって今まで自分ができなかったことができるようになるのって嬉しくない

 

 でもスポーツとか芸術ってどうしても才能がなければ上達しない要素がある。そう考えるとどこかでつらい思いをする可能性が高い。

 

 しかし勉強は違う。もしかしたら「それも才能だ!」みたいなことを言う人もいるが、少なくても受験レベルに関しては特別な才能なんていらない。

 

 東大とか京大とか一橋とかはもしかしたら才能が必要かもしれないが、それ以外は「正しい方向」で「愚直な努力」でだいたい合格できる。

 

 まあもちろん今まで勉強してこなかった人は圧倒的勉強量が必要なんだけど。

 

 勉強は正しい努力をすれば、成績は上がっていく。一番自分の努力が可視化しやすい。

 

 そういう感覚を得られるのに勉強って最適だと思う。しかもそれが難しければ難しい問題ほどできた時の達成感はハンパではない。

 

 

 それで学力とともに自信をつけていけば、人生は明るいモノになる。自分でやりたいことを見つけたら妥協せずにやる、そうすることでより一層良い経験をすることができる。

 

 勉強は自信をつけるのに一番最適なツールだそれで傲慢になるのは桜田論外だが(パソコン使えry、、、)

 

私の受験生daysとその後

 私は今でこそ意識低い系だが(because日本の労働環境に絶望して)、受験生の時はもうそりゃあかなり勉強した。

 

 一度大学には進学したものの、やはり煮え切らない思いがあった。で、休学して受験勉強にあてることになった。

 

 その時の生活はというと、

 

 起床→暗記系の勉強→朝飯→マックで図書館が開館するまで勉強→図書館閉館まで勉強→家に帰ってバンメシ→ちょっと休憩して速読英単語(難関のやつ)を1時間音読→軽い勉強→就寝

 

 みたいな生活をほぼ毎日繰り返していた。1日の楽しみとか23時ぐらいに入るnews zeroぐらいだった(koの小論文対策という口実で見ていた)。

 

 んで人間関係も全て完全に断絶して、友達とかとも連絡せず関わらずもう完全一人ライフを送っていた。親とかは話したが。

 

 いやーもうあの時はkoに行きたくてkoに行きたくてkoに行きたくてkoに行きたくてkoに行きたくてひたすら勉強していた。

 

 結果はダメだったが、進学したmarchはホントによかった。

 

 基本人間関係が良好すぎて毎日が楽しかったし、勉強自体も自分の興味あることを勉強できたのでほんとによかった。

 

 てかね、大学が良すぎた分、社会にでてギャップがありすぎて絶望。

 

 もし自分が現状に満足するマンだったら今頃どうなっていたのだろうかと思う。

 

 で、あと「なぜじゃあ一回大学に進学したの?」みたいな疑問を持つ人もいるかもしれないが、ほんとは純粋に浪人したかったが、親が早く進学してほしい立場の人だったのでそうした。

 

 とにかく、紆余曲折があったが、大学受験で妥協しなくて本当に良かったと思っている。

 

 なので受験生も妥協するより挑戦したほうが結果的人生は良くなると思う。

 

 

 それで第一志望でなかったとしても全力でやったことは人生のどこかで生きると思うよ。