日々の想いを思いのままに

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学生と社会人の違いは?という常識はもはや通用しない

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 学生と社会人の違いは何なのか??

 

 金があるかないか?

 自由があるかないか?

 学生だと人間関係がある程度選択できるが、社会人はそれができなく、嫌いな人間と

 付き合わなければいけないか?

 

 こういうことを思い浮かべる人が多いだろう。思い浮かべるというよりそういうものと当然のように考えている人もいるかもしれない。

 

 確かに一昔前はそうだったかもしれない。しかし現代においてはそのような常識は変わりつつある。

 

 学生と社会人の違いは?と考えること自体がもはやナンセンスなのである。その理由を述べていこう。

 

 

 

学生はお金がなく、社会人はお金があるという誤解

 偉そうな社畜がよく言い放つ言葉が「いいか。学生というのはお金の自由というのはあまりない。社会人になると安定したお金が入ってくるようになる。そのことをしっかり考えるんだ!!」である。

 

 学生にはお金がない

 社会人はお金がある

 

 この思考停止の社畜の言葉は正しいのだろうか。

 

 私は違うと考える。今は学生でも在学中に起業をしてそれに成功して月100万を稼ぐ人もいる。そこまではいかなくてもアフィリエイトやグーグルアドセンスなどのネットビジネスで、1か月の生活費ぐらいは稼げている人もいる。アメリカでは小学生にして25億を稼いでいる子もいる。

 

7歳のライアンは、ほぼ普通の小学1年生だ。電車や車が大好きで、ディズニーのキャラクターに笑い、レゴで大都市を丸ごと作り上げる。他の子との違いは、遊ぶときにはカメラが回っていること。動画はすぐにユーチューブにアップロードされ、1730万人のフォロワーに向けて配信される。フォロワーの大半は、自分と同じ小学生だ。

ライアンは、こうした短くてシンプルな動画により、ネット上で屈指の人気を誇るインフルエンサーの一人となった。主役のユーチューブチャンネル「Ryan Toysreview(ライアンのおもちゃレビュー)」は累計再生回数が260億回に達しつつある。

ライアンは動画を通じ、際限のないおもちゃで遊べるだけではなく、たゆまぬ収入源を得ている。フォーブスがまとめる「世界で最も稼ぐユーチューバー」ランキングでは今年、6月1日までの1年間で推定2200万ドル(約25億円)を稼いだライアンが首位に輝いた。

年収25億円の7歳児、世界で最も稼ぐユーチューバーに

 

 まあ小学生はあまりにも例外ではあるが、ほんの10年前、20年前では考えられなかったことである。しかし考えられなかったことが今起きているのだ。

 

 一方社会人はどうか。一般的には「社会人はまとまった金が入りそれなりに豊かな生活を送っている」と考える人が圧倒的多数だ。

 

 だが「安価な労働力」として搾取され、その日暮らしな生活を送っている社会人が一定数いる。いや、今後この流れは急速に加速するのではないか。

 

 入った給料を酒やたばこ、ギャンブルに費やし生活がままならない人だっている。

 

 学生は金がなく、社会人はお金がある、この常識はもはや通用しないのではないか。

 

 こういう結論を出したらこのように考える人もいるだろう。

 

 学生で起業などをする人は例外的だ。社会人であっても低賃金であるがその日暮らしになる人はそんなに多くない。だから学生でも金があり、社会人でも金がない、というのは例外的考えだ。

 

 

 確かに私の出した例は「まだ」例外である。だが、急速にその「例外」的な状況が増えているのも事実だ。今後10年、20年のスパンで見た場合に今までの「常識」は崩れさっていくだろう。

 

学生には自由な時間があり社会人は自由な時間はあまりない

 これもありがちな一般論である。学生に自由な時間があるというのは皆納得だと思う。大学生は言うまでもなく、小中高であっても夏休み・冬休み・春休みなどまとまった休みがある。学生は自由な時間が多い、納得だと思われる。

 

 だが、本当にそうだろうか。部活や受験をやっている人というのはやっていない学生に比べ自由な時間がない。それを好きでやっているのなら自由な時間である。

 

 だが、イヤイヤやっている人も一定数いるのも事実だ。特に中学受験などでは子供よりも親が白熱していることが多いので、子どもはその親のエゴを満たすためにさして好きでもない勉強をやらされることが多い。

 

 (もちろん子供が勉強が好きで能動的にやっているのならそれは自由だ)

 

 しかし親や周囲の圧力で勉強をやらされるのは自由ではない。そうやって言われるがままに勉強を無理にやらせるとどうなるかと言うと、将来従順な社畜となり、愚かな為政者に支配されることになる。

 

 部活だって本当はあまりやりたくないのに「推薦入試で有利になるため」イヤイヤやっている人もいるだろうし、学校の方針自体が「部活強制加入」であることから自分の意思に反してやっている人もいるだろう。これは完全なる不自由である。

 

 イヤイヤ中学なり高校なりで3年間全うしたらどうなるかというと、嫌なことに耐える「忍耐強さ」が身に付き、将来従順な社畜となりて、愚かな為政者に支配されることになるだろう。

 

 何度も言うが、好きでやっている分には全く問題ないし、それは自由の身である。

 

 なので学生が自由であるかと言えば必ずしもそうではない

 

 では社会人はどうだろう。一般的に社会人は学生よりも自由な時間がないとされている。確かに社会人になると1日8時間以上、それを月曜から金曜までこなすというニートにとっては拷問なことをせざるを得なくなる

 

 しかし今はネットの発達などで仕事の在り方自体が多様化している。ゆえに会社に所属する選択肢を取らず、個人でネットなどで生計を立てている人も急速に増えている。

 

 個人で仕事をすることによって通勤時間、スーツなどムダなことを省くことができる。確かに仕事量は会社に所属している人よりも同じか、それ以上かもしれないが、自分のやりたい仕事をやって生活しているという点では自由である。

 

 

 社会人は自由な時間がない。このような常識は今後10年、20年もすれば崩れ去っていくだろう(2回目)。

 

学生は社会的責任がなく、社会人は社会的責任がある

 学生は学生という身分であるので親に守られる。ゆえに社会に対する責任は、犯罪でも犯さない限り、とらなくてもなんとかなる。

 

 社会人は学生の身分がなくなるので、社会的な責任を果たさなければならなくなる。

 

 これが定説だろう。で、社畜が、新入社員が仕事でミスをすると、「学生気分が抜けていない」という論理を振りかざす。

 

 それで普通の新入社員は「気を引き締めねば!」と自分自身を奮い立たせる。

 

 そういうことからも学生は社会的責任があまりなく、社会人は社会的責任がかなり強いという考えは正しいと「一般的」に考えられる。

 

 だが学生でも起業などをして社会的責任を人一倍強く持って生きている人もいる。それにアルバイトだってある程度社会的責任は伴う。

 

 「学生気分だから」という理由で仕事をさぼっていたら(ヒマな時はサボって従業員同士で話すが。というかやることがないのでサボっているとは言えない)、店が回らなくなる。

 

 私の友達とかはとっとと仕事を覚えた方がむしろラクという考えの人が多かったので(バイトの職場にしろ大学の友達にしろ)、ちゃんと仕事をしている人の方が多かった。

 

 なので学生であっても社会的責任は伴うし、責任をもって生きているのだ。

 

 一方社会人はどうか。果たして彼らは社会的責任は果たしているのだろうか。失言ばかりする政治家、不祥事ばかり起こす無反省な官僚や大企業、パワハラやセクハラを今まで放置してきた日本社会。労働者が過労死しているのに「ブラック企業大賞」というイベントをやる社会。

 

www.whatithinkandfeel.net

 

  彼らは社会的責任を果たしているのだろうか。

 

 「学生気分が抜けていない」などと抜かすオッサンたちが一番無責任なのではないか。

 

 社会的な責任を果たしているのはむしろ学生の方なのではないか。

 

 

 学生と社会人の違いは?と考えることはもはや愚行と言ってよい。このようなステレオタイプなことを考える人間はやがて取り残されるだろう。