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「飲みにケーション復活」から考える3つの問題点

 ネットで記事を見ていると、合理化の流れに逆行するように会社などで「飲みにケーション」が再び流行りだしているらしい。

 

 確かに100%合理的に仕事を行うとするとそれはそれで良くはないと思う。そういう意味では世の中が「飲みにケーション」をする動きになってもおかしくはない。

 

 だが、「飲みにケーション」によって一定数被害を受ける人もいる。そのことについて考えていく。

 

 

 

1.シャイな人にとっては地獄

 全ての人間が活発的で積極的な明るい性格ではない。中にはあまり会話が得意ではない人もいる。自分の時間を大事にしたいという人もいる。それが社会というものだ。

 

 飲み会というのは一般的に会話がある程度できる人が集まる。もっと言うと、コミュニケーションを取ることが好きな人たちが集まって楽しむものである。

 

 そういう環境であまり会話が得意ではない人や1人の時間を大事にしたい人たちが参加したらどうなるか。

 

 彼らにとっては地獄であろう。もともと内気な性格なのに無理に会話をしなければならない状況に送り込まれたら、苦痛なことこの上ない。

 

 会話好きな人たちのとっては飲みの時間というのは大変有益な時間かもしれないが、シャイな人たちにとっては地獄の時間である。

 

 

 同じ空間にいるのに天国と地獄が存在するのは不公平な気がする。そういう意味で「飲みにケーション」という時間はある人たちにとっては苦痛なものとなる

 

2.ドライな人間関係を維持したい人にとっては有益ではない

 世の中には自分の所属する組織の人間との関係は最低限にとどめたいという人がいる。そりゃそうだろう。

 

 いちいち全てのコミュニティの人間と親密な関係を築いていたら疲れる。そういうわけで飲みをパスする人だっている。

 

 根本的なことを言ってしまうと、社会人の人間関係なんて利害関係なしに付き合うことは大変難しい。

 

 そう考えると会社の人間とドライな人間関係を築きたいと思うのは当然のことであるまあもちろん中には学生時代の部活よろしく熱血な人間関係を築きたいと思う人もいるだろうが

 

 

 まあそういうわけで「飲みにケーション」というのはドライな人間関係を保ちたいと考えている人にとっては迷惑な話となる。

 

3.退職しずらくなる

 積極的な飲み会によって職場の人間と仲良くなってしまうと、そのせいでいざという時退職しずらくなる

 

 というかこのことは別に悪くはないのだが。会社側も離職率を低くするという意味でも「飲みにケーション」を実施しているのだろう

 

 そう考えるとまあ話はわからなくもない。

 

 だが、今はもう1つの会社で骨をうずめるという時代ではない。確実に終身雇用は崩壊しつつある。

 

 そのような社会環境においてあえて職場の人間と仲良くさせなくても良いのではないかと私は考えてしまう。

 

 むしろ適度な人間関係を維持させた方が社員にとっては余計なプレッシャー(つまり長く働く)も感じることなく日々の業務に集中できると思う。

 

 結局のところ「飲みにケーション」というのは「今時の人」たちにとってはあまり有益ではないシステムなのだ。

 

 「自分の時間を大事にしたい」、「ドライな人間関係でなんとかやっていきたい」、「長く会社にいるつもりはない」、こう考える人にとってはしんどいものなのだ。

 

 

 「飲みにケーション」。果たしてこのイベントは労働者に幸福をもたらすのだろうか。