ニート系人間が思うこと-Je ne pense pas que je suis NEET

ブログで書く内容は雑記、教育、英語、カラオケ(たまに)などです。ニート系であって純粋なニートではありません。

それ、好転反応ではないかもしれない

 好転反応という言葉がある。良いことが起きる前には何らかの不幸が起こるというやつだ。結構多くの人が経験していることだろう。それによって本当に幸せになったという人ももしかしたらいるかもしれない。

 

 しかし当然のことだが運のバイオリズムは人それぞれ違うし、それ以上に運が良くなるパターンも人によって違う。

 

 もしかしたら、あなたの身に起こっているのは好転反応ではないかもしれない。じゃあ何なのかということである。

 

 

 

純粋な不幸

 好転反応ではないとしたら考えられるのは純粋な不幸である。つまり何をやってもうまくいかない、空回りするという事態である。これもまた多くの人が経験していることだろう。

 

 人生どこかのタイミングでこのようなことは襲ってくる。禍福は糾える縄の如しである。このような泥沼にはまってしまった場合抜け出すのはかなり難しい。

 

 ではなぜこのような救いようのない不幸が起こるのか

 

 私が勝手に思うに、向いていないこと、嫌いなことを無理やり我慢してこなしているからそうなってしまうのだと感じる。考えてみれば当たり前と言えば当たり前なのだが、とりわけ日本人は嫌いなことを頑張ることに美徳を見出す傾向が強いので、ついこの点は見逃してしまうのでは?と思う。

 

 と言っても実例がないと実感がわかないと思うので、私の「嫌いなことを無理に頑張ってやった結果、起きた不幸」を書いていこう。

 

 

無理やり頑張って起きたことその1

 Gが中2日くらいで出てきた!!

 

 

www.whatithinkandfeel.net

 

 ちょうど仕事(というか労働環境全て)にむかついていた時に見事に出てきた。中2日か記憶はもう曖昧だが、トータルで2回出てくるという戦慄だ。いくら東京というコンクリートジャングルといえども2回も出てくるのは面食らった。

 

 てかGとかここ何年も見てなかったのに!!それが立て続けに出てくるなんていかに自分が嫌いなこと、むかつくことをやっていたかがわかる(?)。

 

 次いこー。

 

無理やり頑張って起きたことその2

 マンションのドアがぶっ壊れる!!

 

 いや、ぶっ壊れたというわけではないのだが、鍵のかかりがとても悪くなり、鍵の開け閉めが困難な状況になった(一応管理会社に連絡をし、無料で直してもらったが)。

 

 これはGが出てくる前であるが、時期としては大体同じだ。というか純粋にショックだった。

 

 ではこのような不幸があって私に幸運が訪れたか。

 

悪いことが起きても運が上昇することはなかった

 「それから」であるが、何か良いことが起こったかと言えばそんなことは一切なかった。相変わらず劣悪な労働環境に封じ込められ、エンジニアとはおよそかけ離れた仕事をする日々を送った。

 

 そして変わらない人間関係(要するに全員漢)。詳しくは↓

 

www.whatithinkandfeel.net

 

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 私の例から、不幸が連鎖したら必ずしもそれは好転反応ではないということをわかってもらえただろうか。嫌いなことや向いていないことを無理に頑張ってやればやるほどますます不幸な状況になっていくのだ。

 

 ブラック企業で働いている人、「自分の頑張りはいつか報われるかもしれない」と考えていたら、それは間違いだ。今すぐに環境を変えるように努力していこう(部署を変えてもらうなり会社を辞めるなり)。

 

 

 あなたの身に起きているのは好転反応ではなく、純粋な不幸である可能性が高い。自分の状況をしっかり把握し、一体「何の不幸」なのかを慎重に見極めていこう。

 

一般的な好転反応と私の好転反応

 一般的には好きなことや得意なことをやっている時に突如不幸が襲いかかり、その結果、なぜか事態はますます好転していく、というのがパターンだと思う。

 

 だが、私の好転反応はそれとは違う。私の場合はそもそも不幸が起きない。自分の好きなことや得意ことをやっている時はとことん運が良い。基本人間関係に恵まれるし、やっていることの知識が深くなっていく。

 

 自分にとって最良の環境にいればいるほどますます状況が良くなっていくのだ。

 

 だが、自分に合わない環境にいるときはとことん運が悪い。既に書いたがクソみたいな環境に身を置いているととことん悪い状況になっていき袋小路にはまっていき抜け出せなくなっていく。

 

 なので私の場合はかなり極端なのだ。もしかしたら私と似たような運のバイオリズムを持っている人もいるかもしれない。そのようなことから人によって運の変化が起きる状況は異なるのだ。

 

好転反応と純粋な不幸が意味することとは?

 あまり私はスピリチュアルなことを信じる方ではないが(といいつつマーフィー系の本を読んでいるが)、どうしても運に関することはこの話題、つまりスピリチュアルなことからは避けられない。

 

 のっけから結論を言うが、「人知を超えた存在」というものが、あなたを正しい方向に導こうとしているがゆえ、好転反応、純粋な不幸が起きる、と私は考えている。

 

 好転反応ならまだわかる。要は自分の進んでいる道は正しい。だけどそれは簡単には進んでいかないよという意味で一時的に不幸が起こると考えれば説明がつく。

 

 だが、純粋な不幸が起きることについてはあまり考えたことがある人はいないのではないだろうか。「俺なんていつも不幸だ…」みたいな人はたまにいるが。

 

 これも実は結構簡単に説明がついてしまう(人知を超えたものとか言ってるくせに)。どういうことか。それはあなたを誤った道(向いていない道と言い換えても良い)へ進ませないように意図的に仕向けているのではないか?ということだ

 

 

 人知を超えた存在というのは「意図的」にあなたを不幸な状況にさせ、とっととその道から外れさせようとしているのである。そう考えればわりと合理的である。

 

 なので自分に不幸が降りかかったとき、「人知を超えた存在は一体自分に何を仕向けているのか」ということを考えていく習慣をつけていけば自分の人生をもっとより良い方向に持っていくことができるのではないだろうか

 

がむしゃらに流れに無理やり逆らうのはやめよう

 間違いない。自分にとって露骨に不快だと感じることにエネルギーを使うことは控えたほうがいい。というかそれをやりだすともう救いようのない状態になってしまう危険性がある。

 

 そもそもそのコントロールができない人が特に日本に多いと感じる。自分を激しく追い込んでしまい、結果自分で自分の命を殺めてしまうという不幸な結果になっているのが昨今の日本ではないか。今に始まったことではないが。

 

 それは学校の教育レベルで「つらいことから逃げてはいけない」ということを叩き込まれているからである。もちろんこの考えは正しくない。でも真面目な人ほどそのようなことを真に受けとめてしまうのだ。

 

 再度繰り返すが、自分に向かないこと、不快だと思うことに全力を注いでも状況は良くならないし、「純粋な不幸」が生じるだけである

 

 そのような認識はしっかりと持っていくようにしよう。もちろんこのようなことを学校は教えてはくれない。なぜなら「従順な労働者」を養成することを目的としているからだ。

 

 なので自分を追い込みすぎず、自分の本心に素直になって生きていくことが重要である。そうすれば道が自然と出来上がっていき、あなたはより良い人生を歩むことができるだろう。

 

 最後好転反応の話題と関係なくなってしまったが。ご愛敬。