ニート系人間が思うこと-Je ne pense pas que je suis NEET

ブログで書く内容は雑記、教育、英語、カラオケ(たまに)などです。ニート系であって純粋なニートではありません。

日本人は英語「だけ」ができないのではない

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 「日本人は英語ができない」とよく言われる。しかし、日本人は英語だけができないのではない。 

 

 それは社会に出るとリアルに実感する。まず基本的な漢字の読み書きができない人が一定数いる。別に難しくもないごく普通の文章の読解に手こずる人も一定数いる。

 

 算数のごく単純な計算もできない人もいる。

 

 これって英語ができない以前の問題なのではないだろうか。

 

 

 

国語・数学・英語のセンター試験の平均点の推移

 まずは試験の点数という視点から、果たして英語だけができないのかをみていこう。

 

 2014年度センター試験の平均点→国語:98.67 数学IA:62.08 ⅡB:53.94 英語:筆記:118.87 リスニング:33.16

 

 2015年度→国語:119.22 数学IA:61.27 ⅡB:39.31 英語:筆記:116.17 リスニング:35.39

 

 2016年度→国語:129.39 数学IA:55.27 ⅡB:47.92 英語:筆記:112.43 リスニング:30.81

 

 2017年度→国語:106.96 数学IA:61.12 ⅡB:52.07 英語:筆記:123.73 リスニング:28.11

 

 2018年度→国語:104.68 数学IA:61.91 ⅡB:51.07 英語:筆記:123.75 リスニング:22.67

 

 ー河合塾のサイトを参考

 

 

 2014年から今年の平均点を書き出した。平均なのでものすごくできる人とやべーぐらいできない人の点数がごちゃごちゃになっているが、一般的なデータとして用いるには有効だと思った。

 

 平均点の推移を見てみると、英語だけがダントツでできないわけではないことがわかる。言い方がややこしいのでもっとわかりやすく言うと、国語も数学も英語も似たり寄ったりである。

 

 センター試験という受験生が受ける試験ではあるが、英語だけができないというわけではないということはわかっていただけただろう。

 

国語ができないという不可思議さ

 最初でも述べたが社会には漢字の読み書きができなかったり、普通の文章をまともに読解できない人がいる。

 

 センター試験においても国語という科目はとりわけ高い平均点が出ているわけではない。しかも高得点(160点以上)を出している人は受験関連の情報を見てもあまり多くない印象を受けた。一方英語の方は「180点とった!」という人が結構多い気がする。

 

 このような事実から、実は英語以上に国語の方ができないのではないかという考えが導き出せる。なぜこのようないびつな事態が生じているのか。

 

 

 私たちは英語以上に国語の勉強時間は長かったはずである。小学校から高校、大学入試までかなり勉強はしてきたはずである。

 

 それなのにセンター試験の結果から英語力と国語力との間に差がなくなってしまっている。

 

国語の勉強が国語の勉強になっていない

戦争文学を国語で指導するのは、戦争の悲惨さを伝えるためでしょうか。ある職業の実態を知る文章を読んで、いろいろな職業があると気づくためでしょうか。科学の説明文を読んで、科学の知見を広げようというのでしょうか。

たしかにそれもあるかもしれません。けれども、これでは国語は「道徳」や「理科」や「社会」になってしまいます。

つまるところ、学校では「言語をあつかう技術」を子供たちに身につけさせていないのです。言うならば、国語の授業が、他の教科、道徳や社会や総合的な学習の時間になってしまっています。

国語以外のすべての教科は、国語の基礎の上に成り立ってると言っても過言ではないのですが、その国語が、「思考するための方法」ではなく、「なんらかの価値観」を押し付ける教科となってしまっています。ー『12年間も勉強してなぜ国語ができないのか』より引用

 

 

 すべての学習の土台となる国語の勉強方法が、学校という教育現場でもしっかりと確立されていないうえに、悪しき結果としてなんらかの価値観を押し付けるものになってしまっている。

 

 これでは他の教科の学力が伸びるわけがない。日本人は英語「だけ」ができないのではなく、そもそもすべての教科の土台となる国語の力があまり育っていないので、他の教科も伸びないことがわかる。

 

 そういう意味ではまず国語の勉強を教育現場から改善していくべきではないか。この事実に向き合うことなく、むやみやたらに「日本人は英語ができない。だから英語の力を徹底的に伸ばさないといけない。英語の授業を英語で」という世論を形成させようとするのはこの国の教育を滅ぼすことになりかねない。

 

 まず基本的な読み書きや読解をしっかりと行わせるべきだろう。

 

英語を話せることよりもまず基本的な計算ができることのほうが大事

 読み書きと基本的な読解同様、基本的な計算ができることも本当に大事である。自分の買った商品の合計の金額がわからないとか論外であるし(さすがにそのレベルの人と出くわしたことはないが)、割合や利益などの計算ができなければ、会社の経営などはうまくいかない。

 

 それに数学的な思考できることによって、会社に蔓延る非効率や不合理を一掃することができる。理論上は。

 

 もちろん会社は一人の人間の意見よりも一部の人間たちの利権が優先されるので、数学的思考は役に立たないのであるが。

 

 結局、日本の労働環境の劣悪さが改善されないのはこのように基本的な読み書き、計算ができない人が一定数いるからではないのだろうか。

 

 別に難しい文章題の計算とか証明の問題とか微分積分とかはできなくてもいいが(もちろんできたほうがいいが)、基本的な計算などはできなければいけないと思う。

 

 そうしなければAIなど最新のテクノロジーを導入したとしても使いこなせず、時代に取り残されることだろう。