ニート系人間が思うこと-Je ne pense pas que je suis NEET

ブログで書く内容は雑記、教育、英語、カラオケ(たまに)などです。ニート系であって純粋なニートではありません。

組織における知性とは

president.jp

 

 自衛隊幹部の学歴が異様に低いらしい。詳しい内容は記事を参照してほしい。私が今回主張したいのは、知性が低い人間が集まり組織を形成すると上記の記事のような根性論やパワハラが横行してしまうということだ。

 

 知性が低い人間によってパワハラや根性論が横行するのは何も自衛隊だけに限らない。日本の組織というもの全般に当てはまることだ。

 

 ただ一口に知性といってもそれを定義づけることは難しい。一体何をもって知性というのか。

 

 

 

知性とは

 そもそも知性とは一体何なのか。このことをはっきりさせないことには話を前に進めていくことができない。

 

 知性と聞いて真っ先に思い浮かぶのは頭の良さだろう。それもいわゆる勉強ができるかできないかのようなそのようなイメージだと思う。

 

 上記の自衛隊の記事も、根本的には勉強ができるかできないかという指標から調べたものであろう。

 

 確かに勉強をしなければ、知識を得ることはできないし、抽象的にモノを考えることができない。そのような人間がいざ現場に赴いたとしても全くの役立たずで終わってしまう。

 

複数の自衛隊幹部は「自衛隊幹部の学歴は先進国でも最低レベルではないか。平和安全法制以後、米国などとの共同作戦や演習が増えていく中で深刻な問題になっている」と現状を嘆く。

その深刻な問題とは何か。第1は、高等教育で学ぶ抽象的思考ができないために共同作戦や演習のための意思疎通ができなくなることである。要するに知的分野での交流・貢献ができない。例えば、米軍側は以前「宇宙空間やサイバー空間で機動(maneuver)する」と自衛隊との会議で発言した。米側は「機動」という概念を「主導権を取る」という意味で使用しているのだが、自衛隊幹部の多くは「機動」を物理的にしか理解していなかったのである。ープレシデントオンライン引用

 

 現に記事でも書いてあるように抽象的にモノを考えることは非常に重要であることがわかる。このようなことから、知性とはまず第一に勉強ができるかどうか、というのが判断基準になる。

 

 

 しかしその一方で勉強ができる人間であってもパワハラをし、周囲の人を困らせ組織の調和を乱す人がいる。勉強ができる人間が根性論を振りかざすのはさすがにアレだが。

 

 あなたの職場にもそのような人はいるだろう。ではその人は知性がないのか。勉強ができるので知性があるのではないのか。そのような疑問が浮かぶ。

 

 ということは知性の条件は勉強ができるだけではないという結論を導きだすことができる。では知性の第二の条件とは何なのか。

 

知性の第二の条件

 私は知性の第二条件として人間関係を円滑にすることができるかどうかだと考える。言ってみればコミュ力である。

 

 組織を維持していくために、人間関係の円滑を図ることは必要不可欠である。どんなに優れた人間が集まったとしても意思疎通が円滑にできないと、組織というのはいとも簡単に崩壊してしまう

 

 それは実際にこの社会で生きている人ならわかるはずだ。それなのに、それをわかっていながら、人間関係の調和を乱そうとするのは全く合理性がない。

 

 組織にも不利になるし、自分の立場も不利になる。

 

 マイナスの要素をわかりながら自分のエゴを優先するのは知性がないことの証明である。

 

 したがって知性の第二条件は人間関係を円滑にこなしていけるかどうかである。

 

勉強×人間関係=知性

 ということで、勉強ができ、かつ人間関係を円滑にしていくことができれば、その人は一定の知性を持っていることになる。

 

 もちろんこれは私が勝手に考える知性の条件なので、他にも知性の定義づけはできることだろうと思う。

 

 だが、勉強と人間関係という二つの軸はいかなる組織で生きていくうえでも必要不可欠な要素である

 

 

 どちらか一方が欠落していると自分の立場が不利になってしまう。そのように考えると、上記の自衛隊の幹部の記事はパワハラ根性論も横行しているということから、人間関係を円滑にしていく能力も欠落していたと考える。

 

 つまり勉強面、人間関係面両方とも欠如するというえげつないものである。そんな組織なんて正直誰も入隊したくない。

 

 いくら人間が集まったとしても結局のところ烏合の衆なのだ。勉強、人間関係どちらも軽んじてはいけない。