ニート系人間が思うこと-Je ne pense pas que je suis NEET

ブログで書く内容は雑記、教育、英語、カラオケ(たまに)などです。ニート系であって純粋なニートではありません。

いじめを根絶することは困難である

 いじめは深刻な社会問題である、というのはいうまでもない。学校や会社、所属する組織は違えど様々な場面で起こっている。

 

 その結果、毎年多くの人が命を落としている。国や自治体もいじめを防止する政策はいろいろとっているが、結果がでないまま終わっている。

 

 いじめによる死を防ぐためにはどうしたらよいのか。

 

 それを知るためにはいじめが起きるメカニズムを理解する必要がある。なのでいじめによるメカニズム、もっというと人間が持つ性質を考察していきながらいじめによる防止策を考えていきたい。

 

 

 

集団を脅かす存在

 人間というのは本来脆弱な存在である。こう言うとおそらくこのような反論をする人がいるだろう。

 

 「いや、武器や核兵器があるから脆弱なはずはない。しかもそういうものを作る知識があるのだから脆弱だなんて考えるのは間違っている」

 

 確かにそうだ。「知は力なり」である。だがそういう武器などがなかったら人間は他の動物とまともに太刀打ちできない。猫や犬が牙をむき出し私たちに襲いかかってきたら、なす術がない。

 

 「空手や柔道をやっている人は張り合えるんじゃないか」という意見もあるだろうが全員が全員やっているわけではない。

 

 丸腰ではまともに張り合えないがゆえ、知恵を絞りそのような武器を作るのである。

 

 で、さらに重要なのが集団の形成である。脅威から身を守るためにはまず身の周りの安全を確保しなければならない。その、身の安全を確保するために行うことは他者と信頼関係を構築し、集団を形成することだ。

 

 

 集団を形成し助け合わなければ私たちは脅威から逃れることは困難である。異質な存在がいてはいけない。つまり自分のことだけを考えたり、集団行動をとろうとしない存在というのは集団の維持するには厄介となるからである。

 

 このことは一見すると良い考えのように思える。集団を維持できれば脅威にさらされる可能性は低くなるからだ。

 

 しかしこの集団の維持という考えがむしろ現代のいじめの原因となっている。なぜなのか。

 

 それは「異質な者を排除する」という考えに原因がある

 

 現代の学校や会社などの組織に当てはめて考えてみればわかる。

 

 学生時代、クラスに1人ぐらい(もっといるか)は変わった人がいたと思う。コミュニケーションがうまく取れなかったり、教師に反抗する人だったり、「積極的」に集団で行動することを拒絶する人がいたり。

 

 今まで読んだ人ならもうわかるだろう。彼らは集団を乱そうとする厄介者なのである。

 

 集団を乱そうとする人間がいては集団を維持することはできない。そういうわけで「厄介者」は排除される運命となる。その「厄介者」は排除され最後は自ら死を選択することとなってしまう。

 

 まとめると、私たちはもともと仲間と共存し協力し、集団を維持させようとする本能を持っている。しかしそれが異質な者を、もっとわかりやすく言うと、自分たちとは違う人間を排除する結果となっている。

 

 そういうわけで、いじめが起きているのである。

 

脳内物質といじめ

 オキシトシンという物質がある。これは脳内で合成され、分泌される脳内物質である。大学受験などで生物を勉強した人はわかると思う。またテレビや本などで読んだり聞いたことがある人もいるかもしれない。

 

 じゃあこの物質がなんなのかというと脳に愛情を感じさせたりして、人間関係を形成するホルモンである

 

 なぜこの物質がいじめの原因となるのか。人間関係を形成するのに必要なホルモンなら、むしろいじめを防止するのではないか、と考える人もいるだろう。

 

 だが、オキシトシンは愛情を深める物質であると同時に「妬み」や「排外感情」を高めるという負の側面もあるのである

 

 近親憎悪と考えてみればわかりやすいだろう。仲が非常に良かったり、考えが同じであるほど、かえって憎しみあったり、妬んだり、嫉妬をしたりする感情が強くなったりするようなものである。

 

 仲間との愛情が深くなるほど、同時に規範意識が強まる。ということはその規範意識を守らなければならないという意識が強くなる。

 

 そうなると規範を守ろうとしない「仲間」を排除しようとする動きが強まる。そうしていじめが起きる条件が「整う」のである。

 

 

 なのでいじめが起きるのは「異質な者」の排除だけでなく、仲の良い人間間でも起きるのである。

 

 既に述べたが、愛情が深いほどに規範意識が強まる。そうして規範を守ろうとしない人間はいじめにあう。

 

 なので結構真面目な組織ほどいじめが起きやすい

 

 具体的にはどのような組織か。教育評論家の尾木直樹氏によれば、それは吹奏楽部であるということだ。

 

 吹奏楽というのはそれぞれが担当する楽器の音を全体で調和させなければいけない。ということは音を合わせられない人というのは和を乱す存在=異質な存在とみなされやすい。

 

 そうなると…もうわかるだろう。排除する動きが強まる。

 

 したがって愛情が深まったりすると、かえっていじめが起きやすくなるというパラドックスが起きる

 

男女によるいじめの違い

 いじめは男女においても異なる。これは多くの人がなんとなくわかっていると思う。

 

 よく考えられるのは男性のいじめは結構露骨なのに対し、女性のいじめは陰湿であるというのが典型的な例である。

 

 もっと具体的に考察していこう。

 

 男性における集団は学歴や社会的地位、所得などで形成されるヒエラルキーである。要は優劣をつけたがるのだ。

 

 もっと言うと支配欲が強く、「優秀」な組織に所属していたいという願望が強いのが特徴である。

 

 こういうパワーバランスを維持すべく時としていじめが起きる。

  

 一方女性の方はどうなのか。

 

 

 女性は共感を重んじる傾向があるということを聞いたことがある人はいるだろう。なので自ら集団を形成しつつ、その和を乱そうをする人を排除しようとする

 

 そういうことからいじめが生じる。なので男性、女性でいじめが起きる原因は異なるのだ。

 

いじめはゼロにならない

 これまで述べてきたようにいじめが起きる原因は様々である。厄介なのはそもそも人間の本能にいじめが起きる因子が備え付けられているということである。

 

 なので、国全体としていじめをなくそうとする動きが強まっているが、そもそも行う政策自体が的外れであることが多い。

 

 人間が持つ性質を分析せず、無駄なコストをかけいじめ撲滅を掲げるのは極めて軽はずみである。

 

 いじめと向き合うには人間が持つ性質をしっかり分析し、そこから対策を練ることである。

 

 これまで書いてきたことからわかるのは、人間には社会集団を維持するため、異質な存在を排除しようとすること、脳内にオキシトシンという物質があり、それが愛情を強めると同時に妬みや嫉妬、憎しみを生み出すこと、そして男性、女性によっていじめの形態が異なることである。

 

 私が重要だと思うのは組織という名の下で集まるメンバーを固定しないことだ。毎日同じ場所、同じメンツで固めるから、「ちょっと違った人」のちょっとした振る舞いに違和感を感じるのだ。

 

 ということはクラスというのを作ることから既にいじめが起きる原因となっているのである。あの閉鎖された空間でいじめが起きないはずはない。

 

 クラスは集団の結束力を強める一方で異質な存在を排除する力も強めるのである。

 

 なのでクラスという「組織」は作らず、もっと流動的な授業スタイルにした方がベストなはずである。

 

 それがいじめ発生の抑止力となるはずなのだが、悲しいかな、いまだ日本の学校は労働者を生産することを目的としているのでしばらく改革は進まないだろうが。

 

参考資料

 


ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書)