ニート系人間が思うこと-Je ne pense pas que je suis NEET

ブログで書く内容は雑記、教育、英語、カラオケ(たまに)などです。ニート系であって純粋なニートではありません。

なぜ社会人になることに絶望を感じるのか

 社会に対しマイナスイメージを持つ人は結構多い。現に社会に出たら「懲役40年」という人もいるので、どれだけ社会にマイナスイメージがあるかわかる。なので社会に対する絶望について考えてみる。

 

 

 

「懲役40年」の意味すること

 そもそも働くことについて良い印象を持つ人がそんなに多くないと思う。昨今の劣悪な労働環境の報道というのは私たちに絶望的な感情を与える。ここ2,3年の事件を見てみると大手企業の若手の自殺の報道などが典型的な例であろう。

 

 ただこれは所詮氷山の一角にすぎないだろう。もっと多くの人が過酷な労働環境に身をさらされ、心身ともに限界で自殺している人はかなり多くいるだろうと思う。特に中小企業とか。あとは飲食業界とかか。

 

 まあ大手中小、業界に限らず多くの日本人労働者の働く環境は良くないだろう。

 

 で、なぜそのような劣悪な労働環境が生まれるかというと、要因は様々である。人間関係、効率を重視しない企業風土などなど。特に人間関係は結構厄介である。仕事の効率などはその組織自体があほだったとしても自分の工夫次第でどうにかなる。

 

 

 しかし人間関係はどうしようもない部分が多い。怒鳴ってばかりの上司やワンマン経営者、周りのことを考えられないDQN社員(というかみんな似たようなもんか)が組織では混在している。というか共存か。

 

 そして妬みや嫉妬。昇進とかがからむと必ずどこかで嫉妬、妬みが生まれる。こんな状況だったら人間なんて信用できないだろう。しかもそういう昇進は仕事の力量だけでなく忖度が上手なことも重要になってくる。

 

 コミュ力がない人だけでなく、ごく普通の人でも世知辛い思いをする。そういう経験をしている人は少なくないだろう。とにかく様々な条件が重なり、多くの社会人はつらい思いをする。そして社会に絶望する。

 

 最初は働くことに希望を持っていた学生もいざ現実に直面するとその希望はいとも簡単に崩れる。就職(あるいは公務員)をして日々希望を持ち続けている人は結果としてマイノリティになってしまうのである。

 

 ってか最近だと最初から働くことに希望を持てない学生も多いんじゃないか。私は実はそういう立場であった。いや、だって、もう就活自体がもうブラックにそまってんじゃん

 

 黒髪(というか髪型もだいたい同じ)、ダークスーツ、黒いバッグ。そして面接もマニュアル通り(というか社畜耐性が強いかどうか見てるだけな気がするが)。

 

 こりゃ働く前から絶望してしまう。スーツがマナーなのは承知しているけれども、せめて画一的なダークスーツはやめてほしい。あれじゃサイマジョじゃん。

 

 まあ要は働くことに対するマイナスイメージというのはもうありすぎている。ってことで次は、私たちはそもそも働くということに何を求めているのか考えていく。

 

働くことに求めていること

 働くことに何を求めるか。これは人によって様々だろう。自分の好きなことを追求することだったり、人脈を築き自分の視野を広げることだったり、純粋に収入を得る手段として位置づけている人だったり。

 

 しかしこれらの希望以上に様々な悪条件が多かったりする。それはこれまで述べた通りだ。だが根本を言ってしまえば、多様な働き方を認めていないからだと思う。

 

 「働き方改革」といっておきながら一向に働き方が改善する見込みがないし(一部の潤っている企業は別かもしれないが)、何よりも「一億総活躍」という言葉自、体多様性を認めているか甚だ疑問に感じてしまう。

 

 この「一億総なんちゃら」って戦争中のスローガンじゃなかったか。そのような社会体制の下では皆が同じ考えを持ち「お国のために」、命を犠牲にしなければならなかった。

 

 それってむしろ画一性を押し付けていることに他ならない。私はそういう感じがしてならない。こういう画一性を押し付けられることに私たちは辟易しているのである。

 

 そもそも誰もが社会で活躍したいとは思っていない。確かに社会で活躍することを望んでいる人は多いかもしれないけど、その一方で、ひっそりおとなしく暮らしていきたい人だっているはずだ。

 

 必要最低限の収入、必要最低限のモノさえあればそれで満足という人もいるだろう。そういう人に対しても活躍することを強要することは間違っていると思う。

 

 

 労働に対するスタンスもそうだ。自分の仕事の生きがいややりがいを求める人もいる中で、あくまでも仕事収入を得るための手段としてしか考えていない人もいる。そういう中で皆に同じ目的を果たさせようとすることはムリだ。

 

 そもそもみんながみんな働くことにキラキラ☆彡キャピキャピしてたら気持ち悪い。満員電車の中を想像してほしい。誤解を恐れずに言えば満員電車の空間というのは本来不快感、嫌悪感が支配しているのが普通だ。

 

 にもかかわらそんな空間で皆笑顔でキラキラ☆彡だったら狂っているとしか思えない。まあ根本的なことを言えば「みんな同じ時間から働いて、同じ時間に仕事を終える」悪しき風習さえやめればこんな満員電車なんかなくなるのだが。

 

 やや話がそれてしまったが、働くことに対する目的は人それぞれだっていうことだ。

 

私たちはどう生きるか

 「君たちは」にするとパクリになる。そんなことより(!?)、私たちはこれまで以上に自分でライフスタイルを考えていく必要がある。もう昔とは違い、会社が社員を守ってくれる時代ではない。給料も上がって行かなく、生活は苦しくなっていくだろう。

 

 そういう状況である以上は組織との付き合い方も自分で考えていかなければならない。もしあなたが所属してる企業に居心地の良さや生きがいを感じているならこれまで通り、周りの社員とも仲良くやっていけばよい。

 

 その一方で会社に対し、特に何の愛着もなく思い入れもなければドライな人間関係を構築していけばよい。行きたくもない飲み会なんていかなくてもよいだろうし、行きたくもない社員旅行とかもパスすればよい。

 

 でもこれが本当に難しいという状況に置かれている人は結構多いだろう。でもこのせいで働くことにマイナスイメージを抱いちゃう人もいる。

 

 仕事を収入を得るための手段として割り切っている人からすると(実は私もそうなんだけど!!!)、こういう勤務時間外で会社の人間と付き合うってホントしんどい。

 

 金も時間もかかるし。私たちの立場からすれば本来一緒にいたいのは家族、学生時代の友人、彼氏or彼女である。それにもかかわらず「飲みニケーション」を強要するのは結構なストレスだ。

 

 なので今私たちに求められているのは自分の意志を明確に示すことである。イエスマンになってはいけない。もし自分の意志を示せるようになればあなた(私も)、生き方に変化が訪れるだろう。

 

 そうなればあなたは周りに左右されることなく、「自分の人生」を生きることができる。

 

 なのでまとめると、人生どうするかは自分自身でしっかり考え、イエスマンになってはいけないということである。

 

 今日はここまで!