ニート系人間が思うこと-Je ne pense pas que je suis NEET

ブログで書く内容は雑記、教育、英語、カラオケ(たまに)などです。ニート系であって純粋なニートではありません。

論理的思考とは?

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 本屋に行くと「論理的思考」に関する本がたくさんある。シューカツなどにおいても、私の特技は「論理的思考です」みたいなことをいう人がいる。今の日本には「論理的思考」が大変流行であることがわかる。

 

 とはいっても実際論理的思考とはなんぞやという人もいるだろう。イメージがはっきりしないのだ。現代文とか英語の読解問題みたいなやつなのか、数学の計算的なやつなのか。私自身がこの論理的思考のイメージができない。そこで佐藤優氏の見解を読み解き、論理的思考をあきらかにしていきたいと思う。

 

 わからない人のためにざっくり言っておくと、佐藤優氏は同志社大学、その大学院卒業後外交官になった人である。今はしりぞいてるが。結構本を出している。

 

論理的思考とは

 佐藤氏は論理的思考とは「物事を理性(ratio)を用いて合理的(rational)に理解し、考え、知識や情報を扱う力」といっている。

 

 なるほど。要は知識や情報を扱う際に必要不可欠なものなのかということがわかる。まあ頭の中が雑然としていれば持ってる情報や知識もうまく取り出せない、そういうことだろう。で、私がこの記事で注目した点が以下。

 

 

  OSが弱いままでは、どれほど優れたアプリケーションがあっても、正しくインストールできないか、思うようなアウトプットを出せないのと同じだ。つまり論理的思考力は、すべての勉強の基礎なのである。  

 http://toyokeizai.net/articles/-/14298

 

確かに。まさにそうである。このたとえは感嘆してしまう(というのは大げさか)。土台がしっかりしていないとうまく物事を理解できなかったり、覚えるのに苦労したという人もいると思う。要は正しい知識を獲得し、正しい思考をして初めて、正しい理解ができるというわけか。そう考えると論理的思考とは私たちが生きる上で重要なものであるということがわかる。

 

論理的思考の学び方

 論理的思考が重要なのはわかった。ではどうやって勉強するのか。これが冒頭でも書いたような読解的なやつなのか、数学の計算的なやつなのかはっきりしない。では佐藤氏の記述を引用してみよう。

 

 

では、どのようにして論理的思考力を身につけるか。そのために勉強すべきは、数学と国語である。日本の義務教育では「論理」という科目名で教わることはないが、数学と国語を通して、その素養を学んでいるのである。一見すると数学と国語はまるで別物だと思われがちだが、それは誤解であり、どちらも論理的な物の考え方を扱うという点で同じものだ。

http://toyokeizai.net/articles/-/14298 

  

 ああ、どちらもおんなじものなのね。まあ考えてみれば当然だったかもしれない。読解か計算、どちらか一方のみを勉強したところでいつか限界がくるのが目に見えている。いくら読めても計算ができなければ論理もくそもあったもんじゃない。というか計算できなかったらコンビニで買い物すらできない。それは極端すぎる例か。

 

 ただ読解、計算どちらも重要と考えると、日本の大学入試というのは結構おかしなものと思ってしまう。まあ私大でも数学ができれば武器になるんだけど。したがって論理的思考を向上させるためには、受験に関係なく(時間がなければしかたないけど)、数学とかは勉強することが必要だということがわかる。

 

日本でこれだけ論理的思考が重要になるわけ

 なぜ日本ではこれだけ論理的思考が重要視されるか考えると、「いわなくともわかるよね」的な文化が根強いからではないだろうか。いうなれば暗黙の了解である。

 

 確かに日本人だけでコミュニケーションをとるのならそれで問題ないかもしれない。ただ近年のグローバル化によって外国人とのかかわりが増えている。そのような社会的背景を考えると、「いわなくてもわかるよね」ではすまされなくなる。こんなことしてればたちまち国際紛争に発展し争いが絶えなくなってしまう(その可能性は低いけど!)。

 

 論理的思考というのは世界標準なのだ。私たちはこのことから目を背けていたらいくら英語ペラペラでも取り残されてしまう。というかこの辺の教育があまりなされていないように思える。授業や受験でも論理的思考というのは教えられるが、それがどのように実世界で運用されるのかはあまり教えられない。

 

 その点も含めてグローバル社会での日本の課題であると思う。

 

今日はこれまで!