ニート系人間が思うこと-Je ne pense pas que je suis NEET

ブログで書く内容は雑記、教育、英語、カラオケ(たまに)などです。ニート系であって純粋なニートではありません。

安定という言葉の不安定さ

私たちは子供の頃から周囲の大人から安定、あるいは安泰という言葉を絶えず聞かされる。

 

「大企業は安定」、「公務員は安定」など。そのような安定を獲得するため、まず偏差値の高い学校へ進学することが必要だと聞かされる。

 

したがって早い段階から、受験勉強をすることになる。そして有名中学、高校、大学を目指すというのは、日本という国ではおおよそ一般的な流れであろう。

 

もちろん、受験でなく野球やサッカー、テニスなどのスポーツで実績を上げ有名校に進学するのもよくあることだ。

 

ただ、私たちは安定という言葉を絶えず聞かされるが、実は安定とはなにか詳しく聞かされたことはないのではないか。そこで今日は安定という言葉について考えてみたい。

 

1.スポーツや芸能の世界における安定

安定という言葉は身の安泰という意味だけにつかわれているものではない。

 

例えばスポーツなどで「〇〇選手の安定した活躍でチームが勝利した」という使われ方もあれば、「〇〇選手の安定した走りor泳ぎ」などチームや個人の勝利につながった場合に使われる。

 

結構これが重要で、実は安定した活躍をした選手の身は安定しているわけではないのだ。

 

彼らは日々の厳しいトレーニングをし、結果をださなければ、クビになるのである。彼らがもし不安定な活躍をするものなら会社やスポンサーの立場も同様不安定な状況に置かれるのである。

 

これがスポーツではなく芸能の世界でも同じことが言えるだろう。

 

私は芸能の世界は知らないので憶測でものをしゃべることはしないが、テレビに出ても数字をとれないタレントや曲を出してもヒットしないアーティストをそのまま会社に置いておくのは大きな損失になるのでクビにしないはずはないだろう。

 

タレントやアーティストの人もそれは百も承知なので、日々どうしたらその世界で生き続けることができるのか絶えず考えていると思う。

 

このように安定という言葉は結構曲者で、それを維持するのは非常に厳しい。しかも安定した活躍ができないものなら世間からの風当たりも一層厳しくなる。

 

安定した活躍をするためには肉体と精神を日々鍛錬していかなければならないことがわかる。

 

ただ今まで上げてきた例はスポーツや芸能という特殊な世界なので、次は一般的な会社や公務員の安定について述べていきたい。(私は当然だが一般的な世界で生きている)

 

2.一般的な世界における安定

多くの人にとっての安定とはきっと「大企業」や「公務員」でおおよそあっているだろう。周囲の大人(実はあなたも)は子供に「会社や公務員は安定だから、しっかり勉強をし優秀な学校へ行きなさい」といっているのは多くの人が経験済みだと思う。

 

で、どういう風に安定かと子供から聞かれればこう答えるだろう。「定年までクビにならない」、「福利厚生が安定している」、「給料が良い」など。まあ生活していくには苦労しないということだろう。

 

ただ、それはあながち間違ってはいないと思う。スポーツや芸能の世界とは違い、日々のルーティンをこなしていれば、よほどのヘマをやらかし続けない限り、くいっぱぐれることはないだろう。

 

そして福利厚生という最強のアイテムがあるので生活水準も維持できる。そのように考えると周囲の大人(実はあなたも)が言っていることは間違ってないように思える。

 

ただそれにしてもである。結構企業や公務員の不祥事って多くないか。

 

テレビを見たら会社の役員が立派なスーツ姿でマスコミの前で謝罪しているし、公務員は金の着服してるし、その公務員の中でも教師や警察は金だけじゃなくJKやJCに手を出し捕まっている。

 

こういう事件とかがあるのを考えると、実は企業や公務員で働く人も自らの安定を維持するために厳しい状況に置かれているのではないだろうか。

 

スポーツや芸能の世界とは条件が違うが、やはり安定を維持するため厳しい世界に身を置いているのである。

 

本当に身の安泰が確保されユートピアな日々が送れるならこんな不祥事を起こすようなことはしないはずだ。電車に乗ってくるビジネスパーソンは疲れ果てている。

 

そらそうだろう。朝は満員電車に揺らされ、遅延する電車とそれを改善するつもりがないのにぺこぺこ謝るJRにムカつき、会社や役所についてからはいつ終わるかわからない仕事と上司に対する忖度。

 

やっと仕事が終わって帰ると、もうそこは冷め切った冷戦の家庭。いつ雪解けするかもわからない。

 

少し話はそれたが、一般的な世界においても安定というのはかなりもろいのだ。

 

ただ私たちはその安定という言葉を疑いなく信じ、いざ社会にでると安定ということばとはかなりGAPがある世界に絶望するのだ。こうして会社や公務員の不祥事は絶えずおこっているのではないか。

 

たぶん学生でいるうちはこういう現実をみないのでわりあい気分よく生きれるだろう。

 

東大、京大、一橋、早慶や旧帝などそういうブランドがあると世間の評価も良く、当人は明るい未来を見いだせるだろう。

 

が、それも社会に出ると辛辣な世界に絶望する(ただやはり学歴によるアドヴァンテージは結構強いかも)。

 

で、長くなるので結論をいうと私たちが生きる一般的な世界でも安定というは厳しい条件の上に成り立っているということだ。

 

3.安定するには

では、どうすれば良いのかということだが、私は別に学者でもなければ意識の高いperfect humanでもないので具体的方法論を述べることはできない。

 

あえていうとすれば安定という言葉について深く考えることだと思う。

 

疑うことなくそれを信じて生きるから、いざ現実を目の当たりにすると絶望してしまう。だったら安定とは?と自問自答し続ければ、ショックは最小限に防げるかもしれない。

 

長いので今日はこれまで!